生成AIで顔や声を無断利用したら?パブリシティ権と「声」の権利を解説

生成AIの進化によって、実在する人物によく似た画像や映像を作ったり、本人が話しているような音声を作ったりすることが、以前よりも簡単にできるようになりました。

有名な俳優にそっくりな人物が登場する動画を作る。
歌手本人が歌っているような音声を生成する。
声優本人が話しているような声を使ったコンテンツを公開する。

こうしたことも、技術的には可能になりつつあります。

では、本人の許可なく、その人の顔や声を生成AIで再現して利用した場合、法律上どのような問題が生じるのでしょうか。

令和8年8月、「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」による取りまとめ報告書「―生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針―」が公表されました。

この報告書では、生成AIによる肖像や声の無断利用について、パブリシティ権や「肖像等をみだりに利用されない権利」、不正競争防止法などの観点から整理されています。

今回は「著作権の基礎シリーズ」の番外編として、この報告書をもとに、生成AIによる「顔」や「声」の利用について見ていきたいと思います。

ポイント
人の顔や声を生成AIで利用する問題は、著作権だけの問題ではありません。

1.今回公表された「解釈指針」とは?

人の顔や声が無断で利用された場合、「パブリシティ権」や「肖像等をみだりに利用されない権利」が問題になることがあります。

ところが、これらの権利については、著作権法のように法律に明確な規定が置かれているわけではありません。これまでの裁判例によって形成されてきた権利です。

さらに、生成AIによる無断利用については裁判例もなく、どのような場合に権利侵害となるのか分かりにくいという問題もありました。

そこで今回の報告書では、これまでの裁判例や学説などを手がかりに、生成AIで人の顔や声を無断利用した場合、どのように考えればよいのかが整理されています。

ここは注意
今回の報告書によって、新しい法律や新しい権利ができたわけではありません。これまでの裁判例などを踏まえて、生成AIによる肖像や声の利用をどのように考えるのかを整理した「解釈指針」です。

2.そもそも「パブリシティ権」とは?

今回の報告書を理解するために、まず「パブリシティ権」について見てみましょう。

芸能人やスポーツ選手などの氏名や肖像には、それ自体が人を引きつける力を持つことがあります。

「この俳優が出ているから見てみよう」

「このスポーツ選手が宣伝している商品なら興味がある」

このように、人の氏名や肖像などが商品の販売などを促進する力を「顧客吸引力」といいます。

このパブリシティ権について、最高裁として初めて正面から判断を示したのが、平成24年2月2日の最高裁判決、いわゆる「ピンク・レディー事件」です。

ピンク・レディー事件とは?

この事件では、ピンク・レディーのメンバー2人の写真が、本人たちの許諾なく週刊誌の記事に掲載されたことについて、パブリシティ権の侵害にあたるかが争われました。

最高裁は、人の氏名や肖像などは「個人の人格の象徴」であるとしたうえで、それらが商品の販売などを促進する顧客吸引力を持つ場合があるとしました。

そして、その顧客吸引力を排他的に利用する権利を「パブリシティ権」としています。

ただし、有名人の顔や名前を許可なく使えば、すべてパブリシティ権侵害になるわけではありません。

有名人の氏名や肖像は、ニュースや論説、創作物などで使われることもあります。こうした正当な表現行為まで、すべて禁止することはできません。

そこで最高裁は、肖像等を無断で使用する行為について、次のような場合を挙げています。

  • 肖像等そのものを、独立して鑑賞の対象となる商品などとして使用する場合
  • 商品などを他と差別化する目的で肖像等を付ける場合
  • 商品などの広告として肖像等を使用する場合

このような場合など、「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合」には、パブリシティ権侵害として違法になると示しました。

「専ら」って、100%それだけが目的ということ?

ここで、「専ら」という言葉が少し気になりますよね。

「専ら顧客吸引力の利用を目的とする」というと、「100%それだけを目的としていなければ、パブリシティ権侵害にはならないの?」と思うかもしれません。

ただ、「専ら」という言葉を、単純に「ほかの目的が少しでもあれば侵害にならない」と考えるのは適切ではありません。

形式的に先ほどの3つの類型に当てはまるように見える場合でも、実際にその人の顧客吸引力を利用する目的があるのかを、具体的な利用方法などから見ていく必要があります。

ポイント
「ほかの目的もあるから大丈夫」と単純に判断するのではなく、その人の氏名や肖像などを、実際にどのような目的で利用しているのかを見る必要があります。

3.「声」もパブリシティ権で保護される?

今回の報告書で、特に興味深いのが「声」についての考え方です。

パブリシティ権と聞くと、芸能人の「顔」や「名前」を思い浮かべる方が多いかもしれません。

でも、考えてみると「声」も、その人を表す大切な要素ですよね。

電話で声を聞いただけで「あ、この人だ」と分かることがありますし、歌手や声優など、声そのものがその人の魅力や価値につながっている場合もあります。

そして生成AIの登場によって、本人が実際には話したり歌ったりしていなくても、本人によく似た声を作ることができるようになりました。

ピンク・レディー事件の最高裁判決では、パブリシティ権の保護対象として「氏名、肖像等」という表現が使われています。

では、この「等」に「声」も含まれるのでしょうか。

報告書では、人の声は、ある人物をほかの人物と見分けるための「人物識別情報」であるとともに、個人の人格の象徴となるものであることから、「氏名、肖像等」の「等」に含まれ、パブリシティ権の保護対象となると整理されています。

では、ここで一つ疑問が出てきます。

「人の声に似せることが問題になるなら、物まねや声まねもダメなの?」

ということです。

4.物まね・声まねもパブリシティ権侵害になる?

ここは、今回の報告書の中でも面白いところです。

報告書では、本人の「声」を使用したといえるかどうかについて、本人の声であると識別できるかどうかが重要になるとしています。

ただ、誰かの声に似ているからといって、それだけでパブリシティ権侵害になるわけではありません。

たとえば、物まね芸人が「○○さんの物まねです」と分かる形で、その人の特徴をとらえた声まねを披露する場面を考えてみましょう。

見ている側も、本人ではなく「本人の物まねをしている人」と分かったうえで、その芸を楽しんでいます。

報告書でも、物まねや声まねは、まねされた本人を示すものとして誤解されるような場合でない限り、本人のパブリシティ権を侵害するものとは解されないと整理されています。

一方で、本人だと受け取られるような使い方をすれば、話は変わってきます。

たとえば、生成AIで有名歌手によく似た声を作り、あたかも本人が歌った新曲であるかのように配信したとします。

その声が本人の声であると識別できるほど似ていて、その歌手本人の人気や知名度によって人を引きつけようとしているのであれば、パブリシティ権侵害が問題となる可能性があります。

報告書では、ボイスメッセージやボイススタンプ、オーディオブック、AIカバー、ナレーション、カーナビゲーション、スマートスピーカー、広告のナレーションなども、声の無断利用によるパブリシティ権侵害が問題となり得る例として挙げています。

ポイント
大切なのは、単に「声が似ているかどうか」だけではありません。本人の声として識別されるのか、その声を誰の声として、どのように利用しているのかを見る必要があります。

5.もう一つの問題――「声をみだりに利用されない権利」

声について考えるときには、もう一つ大切な問題があります。

先ほど見たパブリシティ権は、氏名や肖像、声などが持つ「顧客吸引力」、つまり商業的な価値に着目したものです。

しかし、声が持つ価値はそれだけではありません。

自分の声で、自分が実際には言っていないことを言っているような音声を作られる。

本人が歌っていない歌を、本人が歌ったかのように公開される。

こうしたことは、お金や商業的な価値とは別に、その人自身の人格に関わる問題にもなります。

報告書では、「肖像等をみだりに利用されない権利」の「肖像等」には、人の声も含まれると整理しています。

そして、声については便宜上、「声をみだりに利用されない権利」と呼んでいます。

ただし、この名称については、まだ定着したとはいえないことも報告書に明記されています。

生成AIによって、「本人が実際にはしていないこと」を本人の顔や声を使って表現できるようになったからこそ、こうした人格的な利益についても考える必要があるということですね。

6.「お金をもらっていなければ大丈夫」ではない

今回の報告書には、生成AIによる肖像や声の無断利用について、7つの想定事例が設けられています。

俳優の肖像を無断利用した映像作品、歌手や声優の声を無断利用した配信音源などに加えて、収益を目的とせずに俳優の肖像や声優の声を無断利用したケースも検討されています。

ここからも分かるように、

「お金をもらっていないから自由に使える」

と考えることはできません。

パブリシティ権については、肖像や声が持つ顧客吸引力を利用する目的が問題になります。

一方で、先ほど見たように、顔や声には人格的な利益もあります。

そのため、営利目的ではないからといって、当然に問題がないとは限りません。

どのような人物の肖像や声を、どのような目的・方法で利用したのかなど、具体的な事情を見て考える必要があります。

7.著作権とはどう違うの?

ここまで読んで、

「これは著作権の問題ではないの?」

と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

たとえば、生成AIを使って声優の声を再現したからといって、直ちに「その声そのものについて著作権を侵害した」ということになるわけではありません。

今回取り上げているパブリシティ権や「声をみだりに利用されない権利」は、著作権とは異なる観点から、人の氏名や肖像、声などを保護するものです。

一方で、生成AIを利用する過程や、生成されたコンテンツによっては、著作権や著作隣接権などが別に問題となることもあります。

たとえば、既存の楽曲や音源を利用すれば、その楽曲の著作権や、実演家・レコード製作者などの著作隣接権が関係してくる可能性があります。

ポイント
「著作権に違反していないから大丈夫」とは限りません。生成AIによるコンテンツを考えるときには、著作権だけでなく、「誰かの顔や声を利用していないか」という視点も必要です。

8.生成AIサービスを提供する事業者にも責任が生じる?

では、問題のある画像や音声を作った人だけが責任を負うのでしょうか。

報告書では、生成AIサービスを提供する事業者についても検討されています。

生成AIによって肖像や声を無断利用した動画や音源が作られ、インターネット上に公開された場合、まず、それを生成・公開した利用者が不法行為責任を負うことが考えられます。

さらに、生成AIサービスを提供した事業者についても、権利侵害の結果に寄与したと評価される場合には、共同不法行為として損害賠償責任を負う可能性があるとされています。

もちろん、生成AIサービスを提供しているというだけで、直ちに責任を負うわけではありません。

権利侵害が起こる可能性やその重大性、事業者が侵害の発生を認識できたかどうかなど、さまざまな事情を考慮して判断されることになります。

生成AIによる権利侵害を考えるときには、「AIを使った人」だけではなく、「AIサービスを提供する側」の責任も論点になっているということです。

まとめ 生成AI時代は「著作権だけ」を見ていてはいけない

生成AIによって、文章や画像だけでなく、人の顔や声まで再現できるようになりました。

表現の可能性が大きく広がる一方で、これまで以上にさまざまな権利への配慮が必要になっています。

今回の報告書では、生成AIによる肖像や声の利用について、パブリシティ権や「肖像等をみだりに利用されない権利」、不正競争防止法などの観点から整理されています。

中でも興味深いのは、「声」もパブリシティ権による保護の対象となると整理されていることです。

一方で、誰かの声に似ていれば、すべてが権利侵害になるわけでもありません。

物まねや声まねのように、本人ではないことが分かったうえで楽しむ表現もあります。

大切なのは、「似ている・似ていない」だけで判断するのではなく、本人の声として識別されるのか、その人の顧客吸引力を利用しているのか、そして、どのような目的や方法で利用されているのかを考えることです。

そして今回のテーマから分かるのは、生成AIを利用するときに確認すべきなのは、著作権だけではないということです。

著作権や著作隣接権、パブリシティ権、肖像や声に関する人格的な利益など、一つのコンテンツに複数の権利が関係することがあります。

生成AIで「できること」は、これからも増えていくでしょう。

「技術的にできること」と「法律上自由にできること」は同じではありません。新しい技術だからこそ、どのような権利が関係するのかを知ったうえで、上手に付き合っていくことが大切なのではないでしょうか。

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