トリップトラップ事件で考える著作物性|著作権と意匠権の違い

以前、このブログで、子ども用椅子「トリップトラップ」の最高裁判決を紹介しました。その後、知的財産に詳しい弁護士のセミナーで、この事件を詳しく学ぶ機会がありました。

一度調べて記事にした事件ですが、改めて学ぶと、知らなかった経緯や考え方が見えてきました。今回は著作権の基礎シリーズを少しお休みして、著作物に当たるかどうかを考える手がかりと、セミナーで感じたことをお伝えします。

1.同じ椅子でも、判断が分かれていた

トリップトラップは、座面と足置きの高さを調節でき、子どもの成長に合わせて使える椅子です。斜めに立ち上がる側面の木材と、後方へ伸びる脚など、形にも特徴があります。

トリップトラップの側面と正面。斜めの支柱、後方に伸びる脚、座面と足置きが見える。
引用:最高裁2026年4月24日判決・令和7年(受)第356号、別紙「製品目録」9頁。写真部分を抜粋。裁判所公開PDF。

写真を見ると、側面の支柱が斜めに立ち上がり、下の脚が後方へ伸びていることが分かります。座面と足置きの高さを変えられる溝もあります。最高裁は、こうした形を、座る・支える・安定させるといった椅子の機能に由来する構成とは別の創作的な表現として把握できないと判断しました。デザインが美しいかどうかを評価したものではありません。

印象に残ったのは、この椅子をめぐって、異なる相手との3件の訴訟があったことです。同じ椅子の形についても、著作権で保護される「著作物」に当たるかという判断が分かれていました。これを「著作物性」といいます。

訴訟の相手著作物性についての判断
アップリカ東京地裁は否定(2010年)
カトージ東京地裁は否定(2014年)、知財高裁は肯定(2015年)
Noz東京地裁・知財高裁は否定。最高裁も否定する結論(2026年)

※異なる相手との別々の訴訟です。一つの事件が上の行から順に進んだものではありません。

ここでは、二つの問題を分けて考える必要があります。一つは「元の椅子の形が著作物なのか」。もう一つは「相手の製品が、著作権で保護される表現を無断で複製するなどしているのか」です。

カトージとの訴訟では、知財高裁はトリップトラップの形の特徴に著作物性を認めました。しかし、相手の製品との比較では、著作物性が認められる部分に類似性がないとして、著作権侵害を認めませんでした。

つまり、「著作権で守られる」というだけで、似て見える製品すべてを禁止できるわけではありません。どの表現が保護され、その表現が相手の製品にも見られるのかが問題になるのです。

セミナーで製品を見比べた際には、木材の形や脚の構成、座面の固定方法の違いにも驚きました。私には小さく見える違いでも、法律上注目する特徴に関わっています。また、これらの訴訟には不正競争防止法の問題もあり、「似ている」という印象だけでは判断できないことを感じました。

椅子のような実用品のデザインを考えるとき、関係するのが「意匠権」です。日本の制度で、著作権との主な違いを比べてみます。

比較する点著作権意匠権
保護するもの思想・感情の創作的な表現物品などのデザイン
権利の発生著作物の創作により発生。登録不要出願・審査を経て登録により発生
保護期間原則として著作者の死後70年まで。法人著作などは原則として公表後70年原則として出願日から25年

※著作権の保護期間には例外があり、死亡・公表などの翌年から数えます。意匠権の「出願日から25年」は、2020年4月1日以降の出願についての原則です。

こうして見ると、「意匠登録をしなくても、著作権で長く守られるなら、その方がよいのでは?」と思うかもしれません。

しかし、量産品のデザインに広く著作権を認めると、出願や審査を経て保護する意匠制度の意味が薄れてしまうおそれがあります。意匠権の期間が終わっても著作権による保護が続けば、その形を利用した製品開発や改良にも影響します。

最高裁は、こうした制度全体のバランスも考えています。「70年」と「25年」は単なる期間の違いではなく、実用品のデザインをどのように守るかという問題につながっているのです。

3.実用品だから、著作物にならないわけではない

一方で、実用品ならすべて著作権の対象外、と考えるのも適切ではありません。

身近な例として、博多人形「赤とんぼ」の事件があります。長崎地裁佐世保支部の1973年の決定は、人形の姿や表情、着衣の絵柄、色彩に創作的な表現を認めました。型を使って量産されるというだけで、著作物性を否定する理由にはならないとしたのです。

ただし、博多人形ならすべて著作物という意味ではありません。その作品の具体的な表現についての判断です。

一方、セミナーで特に考えさせられたのが、ランニングシャツの花柄刺繍です。

ランニングシャツの胸にある5輪の花と周囲の葉の刺繍
引用:大阪地裁2017年1月19日判決・平成27年(ワ)第9648号ほか、別紙「原告商品写真目録」2(3)胸部分拡大、37頁。裁判所公開PDF。

写真では、胸の中央に花と葉がまとまって配置され、上部には別のレース模様も見えます。大阪地裁の2017年の判決は、5輪の花と13枚の葉からなる刺繍を、婦人服に頻用される花柄模様の一つと捉えました。そして、衣服に付けるデザインであることを離れて、独立した美的鑑賞の対象になるような創作性は認められないとして、著作物性を否定しています。

講師の先生は、これについて著作物性を認めてもよいのではないか、という趣旨の見方を示されていました。私も、写真を見ながら「絵として捉えられそうなのに、判断は難しいのだな」と感じました。もちろん、先生の見解と裁判所の結論は分けて考える必要があります。

事例著作物性注目する点
博多人形「赤とんぼ」
1973年・長崎地裁佐世保支部
肯定姿・表情・絵柄・色彩の創作的な表現。量産だけでは否定されない
トリップトラップ
2026年・最高裁
否定椅子の機能に由来する構成と、別に捉えられる創作的な表現があるか
ランニングシャツの花柄刺繍
2017年・大阪地裁
否定当時の判決は、衣服を離れた独立した美的鑑賞の対象となる創作性を否定

※それぞれの裁判当時の判断を整理したものです。1973年・2017年の判断が、2026年の最高裁と同じ基準でされたわけではありません。

今回、最高裁が示したのは、実用品の全体や一部の形などについて、機能に由来する構成とは、頭の中で別に捉えられる創作的な表現があるか、という考え方です。実際に部品を取り外せるかどうかだけの話ではありません。

この考え方に照らして花柄刺繍をどう評価するかは、さらに検討が必要です。最高裁がこの刺繍の結論を変更したわけではありませんが、過去の事例を学び直す手がかりになります。

4.海外との違いと、補足意見から見えたこと

尾島明裁判官の補足意見では、多くの欧州諸国でトリップトラップが著作物として認められていることにも触れています。欧州では、実用品のデザインを著作権法と意匠法の両方で保護する仕組みが採られています。

米国には、実用品の実用面と別に識別でき、独立して存在できる絵画・図形・彫刻の特徴を保護するという明文の規定があります。

ただし、外国で保護されているからといって、日本でも同じ結論になるわけではありません。各国の制度や背景も踏まえる必要があるという説明は、興味深いものでした。

また、補足意見で考えさせられたのが、「美的鑑賞」という言葉をあえて用いなかった理由です。その言葉から高度な芸術性が必要だという誤解が生じるおそれがあり、芸術として鑑賞に値するかどうかを裁判所が判断するのは適当ではない、と説明されています。

「美しいと思うか」と「著作物に当たるか」は、同じ問いではない。この説明を読むと、デザインの良し悪しを決めているわけではないことが、より理解しやすくなりました。

まとめ

私は、これまで判例に強い関心があったわけではありません。しかし、自分で記事を書いた事件を学び直すことで、結論だけでは分からない背景があることを実感しました。

「著作物に当たる」「当たらない」という結論に加えて、何を保護しようとしているのか、なぜその判断になったのかを知る。それが、著作権への理解を少し深めることにつながるのだと思います。

これからも基礎を大切にしながら、学んだことを分かりやすくお伝えしていきたいと思います。

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