養殖業を始めるには?海面・陸上養殖の行政手続と準備

近年、サーモンやマグロの養殖、陸上の施設で魚介類を育てる陸上養殖など、さまざまな養殖の取組が注目されています。

これまでのシリーズでも、サーモンやマグロの養殖技術、陸上養殖の仕組みや費用、実際の取組事例などをご紹介してきました。

では、実際に「養殖業を始めたい」と考えた場合、何から準備すればよいのでしょうか。

養殖業を始めるには、育てる魚介類の種類や養殖技術だけでなく、養殖する場所の確保、施設の整備、水の利用、行政手続など、さまざまな準備が必要になります。

また、海で養殖する場合と陸上の施設で養殖する場合では、関係する制度も異なります。

今回は、養殖業を始める際に確認しておきたい行政手続や、事業開始までの準備について、実際の海面養殖の事例も交えながらご紹介します。

1.海面養殖と陸上養殖では、確認する制度が異なる

養殖業には、海に設置したいけすなどで魚介類を育てる海面養殖と、陸上の水槽や施設などで育てる陸上養殖があります。

どちらも魚介類を育てるという点では共通していますが、事業を始める際に確認する制度には違いがあります。

海面養殖では、海の一定の区域を利用して養殖を行うため、漁業法に基づく漁業権が重要になります。

例えば、海上にいけすを設置して魚を育てる養殖では、一般に「区画漁業権」が関係します。

一方、陸上養殖では、養殖方法などによって陸上養殖業の届出制度の対象となる場合があります。

さらに、施設を設置する土地の利用方法や、養殖に必要な水の確保、排水の処理などについても確認が必要です。

つまり、養殖業を始める際には、まず「どこで、どのような方法で養殖するのか」を明確にすることが大切です。

なお、漁業権の基本的な仕組みについては第10回の記事、陸上養殖の届出制度については第14回の記事でご紹介しています。

2.海面養殖への新規参入|漁場はどのように確保する?

海面養殖を始めようと考えた場合、最初に確認したいのが、養殖を行う場所、つまり「漁場」の確保です。

海は誰もが利用できる場所というイメージがあるかもしれません。しかし、養殖業を行うために、海の好きな場所へ自由にいけすを設置できるわけではありません。

漁場の利用には漁業権が関係する

海面養殖では、一定の区域で養殖業を営む権利として、区画漁業権が重要な役割を果たしています。

漁業権は、都道府県知事の免許によって設定される権利です。

その前提となるのが、都道府県知事が定める「海区漁場計画」です。この計画では、漁業権を設定する区域や漁業の種類などが定められます。

そのため、海面養殖を始めたい場合には、希望する海域にどのような漁業権が設定されているのか、また、新たに養殖業を営むことが可能なのかを確認する必要があります。

漁業協同組合との関係も重要

海面養殖では、漁業協同組合が重要な役割を担っている地域もあります。

漁業権には、漁協などが免許を受け、一定の資格を持つ組合員が漁業を営む団体漁業権と、個人や法人が免許を受ける個別漁業権があります。

したがって、漁協に加入すれば必ず養殖業を始められるわけではなく、反対に、すべての養殖業で漁協への加入が法律上必要になるわけでもありません。

実際の新規参入では、既存の漁業者との調整や地域の漁場利用の状況なども重要になります。

まずは、養殖を希望する地域の都道府県水産担当部署などに相談し、漁業権の設定状況や参入の可能性を確認することが第一歩となります。

実際の海面養殖への参入事例

制度の仕組みだけでは、実際にどのように養殖業が始められているのか、イメージしにくいかもしれません。

ここでは、青森県と岩手県のサーモン養殖の取組をご紹介します。

① 青森県|青森サーモンの養殖

青森県で「青森サーモン®」の養殖に取り組むオカムラ食品工業のグループ会社、日本サーモンファームは、2024年4月に脇野沢村漁業協同組合への准組合員加入が承認されました。

同社が公開している養殖ダイアリーでは、漁協が免許を受けている区画漁業権と、組合員による漁業権の行使との関係が紹介されています。

また、養殖場の設置では、決められた区画を測量し、海底に重しを設置していけすを固定するなど、大がかりな作業が行われています。

この事例からは、海面養殖を始めるには、養殖技術や設備の準備だけでなく、地域の漁場利用の仕組みを理解し、実際の海の条件に合わせて施設を整備する必要があることが分かります。

② 岩手県|釜石のサーモン養殖

岩手県釜石市の有限会社泉澤水産は、長年にわたり定置網漁業を営んできた事業者です。

しかし、秋サケの漁獲量の減少などにより、従来の漁業だけに依存しない経営の必要性が高まっていました。

そこで、釜石市、岩手大学、釜石湾漁業協同組合と連携し、2020年からサクラマスの海面養殖試験を開始しました。

泉澤水産が設備や種苗の調達、実際の養殖作業を担当し、岩手大学が技術面を支援、釜石市と漁協が地域や他の生産者との調整を担いました。

その後、2022年秋に事業化し、「釜石はまゆりサクラマス」としてブランド化にも取り組んでいます。

この事例からは、既存の漁業者が新たな養殖事業に取り組む際にも、行政や漁協、研究機関との連携が重要な役割を果たしていることが分かります。

二つの事例は、事業を始めた背景や地域との関わり方が異なります。海面養殖への参入には一つの決まった形があるわけではなく、地域の漁場利用の状況や事業者の立場によって、必要な調整や準備が異なることが分かります。

3.養殖施設を設置する前に確認したいこと|土地・建築・水・環境

陸上養殖では、海面養殖のように海上の漁場を確保する必要はありません。しかし、陸上に施設を設置する場合にも、さまざまな法令が関係する可能性があります。

特に注意したいのは、養殖業に関する届出と、土地や施設に関する手続は別のものだということです。

例えば、陸上養殖業の届出が必要な施設であっても、その届出をすれば、どのような土地にも自由に施設を建設できるわけではありません。

では、どのような点を確認する必要があるのでしょうか。

農地に養殖施設を設置する場合

例えば、使われなくなった田畑を活用して、陸上養殖施設を建設したいと考えた場合です。

農地は農地法によって保護されており、農地を農業以外の用途に利用する場合には、原則として農地転用の許可などが必要になります。

そのため、農地に養殖用の水槽や建物を設置する計画では、まず、その土地が農地法上の農地に該当するのか、計画している利用方法が農地転用に当たるのかを確認することが重要です。

また、農業振興地域内の農用地区域に指定されている土地では、農地転用の前に農用地区域からの除外などが問題になる場合もあります。

ただし、施設の構造や利用方法、土地の状況によって判断が異なるため、「養殖施設を設置する場合は必ず農地転用が必要」と一律に考えることはできません。

農地を活用する計画がある場合には、土地の取得や施設整備を進める前に、市町村の農業委員会や農政担当部署などへ相談することが大切です。

建物や設備を設置する場合

陸上養殖では、水槽だけでなく、ポンプやろ過装置、温度管理設備など、さまざまな設備を使用します。

さらに、これらの設備を屋内に設置する場合には、建物の建設が必要になることもあります。

このとき確認したいのが、建築基準法などの建築関係法令です。

例えば、養殖施設が建築基準法上の「建築物」に該当する場合には、建築確認が必要になることがあります。

また、建物を設置する地域によっては、都市計画法に基づく土地利用の制限や開発許可などが関係する場合もあります。

養殖施設は一般的な住宅や店舗とは異なる設備を備えることも多いため、計画の早い段階で建築関係の担当部署や専門家に確認しておくことが重要です。

養殖に使う水と排水の問題

養殖業では、水の確保と管理が欠かせません。

陸上養殖の場合、地下水、河川水、海水などを利用する方法がありますが、どの水を使用するかによって確認事項が変わります。

例えば、河川から取水する場合には、河川法に基づく許可などが必要になることがあります。

地下水を利用する場合にも、地域によって地下水採取に関する条例などの規制が設けられていることがあります。

さらに、養殖に使用した水を河川や海などに排出する場合には、水質汚濁防止法や自治体の条例などを確認する必要があります。

ただし、すべての養殖施設に同じ規制が適用されるわけではありません。施設の種類や規模、排水方法などによって、適用される制度は異なります。

養殖に必要な水を確保できるかという技術的な問題だけでなく、法令上どのような確認が必要なのかについても、事前に調べておくことが大切です。

設備投資を始める前の確認が重要

ここまで見てきたように、陸上養殖施設の設置には、農地法、建築基準法、都市計画法、河川法、環境関係法令など、複数の法律が関係する可能性があります。

例えば、養殖に適した土地だと思って購入したものの、予定していた施設の建設が難しいことが後から分かれば、事業計画を大きく見直さなければならないかもしれません。

そのため、土地の取得や高額な設備の発注を進める前に、関係する制度を確認しておくことが重要です。

4.養殖業を始めるまでの流れ|何から準備すればよい?

ここまで、海面養殖と陸上養殖に関係する制度や、施設を設置する際の確認事項について紹介してきました。

では、実際に養殖業を始めたいと考えた場合、どのような順序で準備を進めればよいのでしょうか。

養殖方法や地域によって必要な手続は異なりますが、一般的には次のような流れで検討することが考えられます。

STEP1|何を、どこで、どのように育てるかを考える

最初に、養殖する魚介類の種類や養殖方法を検討します。

例えば、サーモンを養殖する場合でも、海面のいけすで育てる方法と、陸上の水槽で育てる方法では、必要な設備や管理方法が異なります。

また、養殖する魚種によって適した水温や水質なども異なるため、養殖場所の選定にも影響します。

この段階では、養殖技術や設備の専門家などから情報を集めながら、実現可能な事業の形を考えることが重要です。

STEP2|候補地や漁場の条件を確認する

次に、養殖を行う場所について調べます。

海面養殖であれば、希望する海域の漁業権の設定状況や、漁場利用の条件などを確認します。

陸上養殖であれば、候補地の土地利用に関する規制、建築物の設置条件、水の確保や排水方法などを調べます。

この段階で、事業を行う場所に法令上の問題がないかを確認しておくことが大切です。

STEP3|関係機関へ事前相談する

養殖方法や候補地がある程度具体的になったら、関係する行政機関などへ相談します。

例えば、海面養殖であれば都道府県の水産担当部署、農地に施設を設置する場合には農業委員会や農政担当部署などが相談先になります。

建築や開発行為、水の利用などが関係する場合には、それぞれの担当部署への確認も必要になることがあります。

一つの窓口だけで、すべての手続を確認できるとは限りません。

そのため、事業内容を整理し、どの制度について、どこに確認すべきかを把握することが重要です。

STEP4|必要な手続と事業計画を具体化する

関係機関への確認を進めながら、必要な許可や免許、届出などを整理します。

同時に、施設整備に必要な費用、養殖開始までの期間、事業開始後の運転資金なども検討します。

養殖業は、施設を完成させればすぐに売上が発生するとは限りません。

魚介類を出荷できる大きさまで育てるには時間が必要であり、その間にも飼料代、電気代、人件費などの費用が発生します。

そのため、行政手続だけでなく、資金面も含めた事業計画を考えることが大切です。

なお、漁業経営の収支や資金調達については、今後のシリーズで詳しくご紹介する予定です。

STEP5|必要な手続を経て事業を開始する

必要な免許や許可の取得、届出などを行い、施設整備や養殖開始の準備を進めます。

ただし、手続の順序や時期は制度によって異なるため、事前に確認したスケジュールに沿って進める必要があります。

また、養殖業を始めた後も、施設の維持管理や水質管理などに加え、制度に応じた報告や記録が必要になる場合があります。

例えば、届出対象となる陸上養殖業では、事業開始時の届出だけでなく、養殖実績の報告も求められています。

事業開始をゴールとするのではなく、その後も継続して事業を営むことを見据えて準備することが大切です。

5.行政書士は養殖業の開始をどのように支援できる?

養殖業を始める際には、漁業法をはじめ、土地利用や施設設置、水の利用など、複数の制度が関係する場合があります。

特に、初めて事業を始める方にとっては、どのような手続が必要なのか、どこに相談すればよいのかを整理するだけでも、難しく感じるかもしれません。

行政書士は、官公署に提出する書類の作成や、その提出手続の代理などを業務とする専門家です。

養殖事業においても、事業内容に応じて必要な行政手続を整理し、関係機関への事前相談を支援したり、行政書士の業務範囲に属する許認可申請書や届出書の作成・提出手続を行ったりすることが考えられます。

例えば、陸上養殖施設を設置する計画で、農地転用や開発許可などが関係する場合には、各制度の手続や必要書類、申請時期などを確認することが重要になります。

ただし、養殖技術の指導や施設の設計、建築士・税理士など他の専門資格が必要な業務については、それぞれの専門家の役割があります。

行政書士がすべての問題を解決できるわけではありませんが、行政手続の面から事業開始を支援し、必要に応じて他の専門家と連携することも大切な役割の一つです。

養殖業を始めるためには、設備や技術の準備だけでなく、関係する制度を理解し、計画的に手続を進めることが欠かせません。

6.まとめ|養殖業の第一歩は、事前の確認と準備から

今回は、養殖業を始める際に確認しておきたい行政手続や、事業開始までの準備についてご紹介しました。

海面養殖では、漁場の利用や区画漁業権などの確認が重要になります。一方、陸上養殖では、養殖方法に応じた届出制度に加え、土地利用、建築物の設置、取水・排水などについても確認が必要になる場合があります。

いずれの場合も、設備投資を進めてから必要な手続に気づくのではなく、事業計画を考える段階で関係機関に相談し、確認事項を整理しておくことが大切です。

今回ご紹介した青森県と岩手県の事例からも、海面養殖には養殖技術や設備だけでなく、地域の漁場利用の仕組みや関係者との連携が重要であることが分かります。

養殖業は、新しい技術や取組によって、さまざまな可能性が広がっている分野です。

その可能性を事業として実現し、長く続けていくためにも、技術・設備・資金・行政手続を一体として考えていく必要があります。

制度を知ることは、事業を始めるためだけでなく、将来のリスクを減らし、安定した経営につなげるための大切な準備の一つといえるでしょう。

□ 次回予告|水産物はどうやって消費者に届く?

次回は、水産物の流通・販売と契約の基本についてご紹介します。

魚を育てたり、漁獲したりした後、その水産物はどのような経路で消費者に届くのでしょうか。

市場への出荷、直接販売、飲食店との取引など、さまざまな販売方法を取り上げながら、水産物を「作った後」「獲った後」の仕組みを考えていきます。

📚過去記事

農業分野(第1~9回)|クリックで開く
水産業分野(第10~14回)|クリックで開く

養殖の仕組みや実際の取組を、さらに詳しく知りたい方はこちらもご覧ください。

農業・水産業支援シリーズでは、事業を始めるための制度や経営、行政手続などを、身近な事例を交えながらご紹介しています。

🔗参考記事

※本記事は、公開されている資料を基に養殖業に関する制度や取組を一般的に解説したものです。実際に必要となる許認可・届出などは、養殖方法、施設の規模、地域の条例、土地や漁場の状況などによって異なります。個別の計画については、関係する行政機関などへご確認ください。

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